学校であったエロい話 最新更新情報

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母親と同級生の赤ちゃんプレイ【友達と】

これは今から2年前の僕が高校性の時の話です。母は24歳で僕を産み、子育てが一段落した後、法科大学院に入り、司法試験に合格し弁護士をしています。息子の自分が言うのも何ですがとても41歳には見えないくらい美人でスタイルが良く恰好いい母親です。学校の参観日に来た時などクラスの友達から冷やかされることがよくありました。同級生のお母さんの中にも若々しくしているお母さんも結構いるのですが、母は同級生からみると他のお母さんにはない妖艶さがあるらしいのです。同じクラスの祥平は何度も母のことをおかずにしてオナニーしているとよく言っていました。祥平は見た目ジャニーズ系で女の子からもよく告白されたりするのですが、同世代の女の子よりも年上の女性に興味があるらしく、いつもインターネットで熟女動画を観てオナニーするそうですが、最近は射精する瞬間は私の母のことを思い浮かべるそうです。特に先日、参観日に母が着てきた黒のタイトスカートと白のブラウス、そのブラウスのボタンが横に引っ張られるぐらい大きなおっぱいが忘れられないらしく、その母のおっぱいに吸い付きながら手で射精させてもらうことを想像してオナニーをしてるそうです。その時母は裁判所から直接来て、暑かったせいもあり、白のブラウスにうっすらと汗を描いていて、レースの黒のブラジャーが少し透けていたのを憶えています。たぶん母は大きな胸をなるべく目立たなくさせるために仕事の時はタイトなブラをつけていたと思うのですが、それが透けて見えると逆に胸の大きさが強調されてなんだかいやらしく見えました。腰も足も細いのに、胸とお尻は母親らしいボリューム感がり、何とも言えない大人の女性の匂いがしてきそうなその母の姿は、男子高校生には刺激が強かったと思います。息子の自分でもちょっと、ドキッとしてしまうのは確かでした。自分の母親をオナニーの対象としているという話は、あまり気持ちいいものではありませんでしたが、所詮男子高校生同士のよくあるエロ話の一つと割り切っていました。そんなことがあってから3ヵ月ぐらいあとのことだったと思います。たまたま具合が悪くなり学校を早引きし一人で家で寝ていたら、母が誰かと一緒に家に帰ってきました。仕事柄依頼人が家にくることもあったので、気にしていませんでしたが、何か様子が変な気がしたので、そっとリビングを覗いてみると、ソファになんと同級生の祥平が母と並んで座っていました。なぜ祥平がここにという疑問とともに、あれだけ母のことを言っていた祥平が最近冗談でも母の話題をしなくなっていたことを思い出し、悪い予感がしました。「ねえママお耳がかゆくなってきちゃった、お耳こちょこちょして」と祥平が普段聞いたこともないような赤ちゃん言葉を使い、しかも母のことをママと呼んでいます。「いいわよ、ママのお膝にトンしてごらん」と母もまるで、自分の赤ちゃんに話しかけるようです。祥平は母の膝の上に、母の方を向いて頭を乗せました。母はそんな祥平を愛おしいまなざしで見つめ、テーブルの上に置いてあった耳かきを取って、祥平の耳にあてていきます。「祥ちゃん気持ちいい?」と聞くと「うん、ちゅごくきもちいい。ママいつもみたいにお耳もぺろぺろして」「いいわよ、ちょっと待って」というと耳かきを横に置き、祥平を少し膝の方へ母から離すように押しやりました。母は、体を前かがみにして祥平の顔に近づき、唇を祥平の耳元まで持っていきました。母のちょっとぽてっとした唇から、先がとがった小さいけれど厚みのある舌がでてきて。祥平の耳をぺろぺろと舐めはじめました。最初は、耳たぶ、それから周り、そして耳の中を念入りに舐めています。祥平は耳が性感帯なのか相当感じるらしく、「うんーうんー」と女の子みたいな声を漏らし始めました。「祥ちゃんかわいい」という母の声に耐えられなくなったのか、「ママ」といいながら、左手は母の腰に回し、右手は母のあの大きな乳房を掴んで手を動かしはじめました。「もう祥ちゃんったら、いたずらしたらダメよ」と母は、冗談ぽく叱りますが、そのまま祥平がしたいようにさせています。だんだん母も感じてきたのでしょうか、足がバタバタと動くようになり、ミニスカートの膝が開くようになってきました。祥平もそれに気づいたのでしょうか、腰に回していた左手を今度は母のスカートの中に入れ始めました。そうこうしていると本気で感じ始めた母が自ら祥平の手を受け入れるべく膝を開きました。僕は、その時あっと驚きました。母はガーターベルトに母の大事な部分だけがやっと隠れる小さな真っ赤なTバックのパンティーをつけていました。たまに母の洗濯物を見ることがありますが、こんなセクシーでいやらしい下着は今まで見たことがありません。興奮した祥平は、母の膝から降りソファの下に膝立ちになり、母のスカートを完全に母の腰までずり上げ、そのいやらしい下着をガン見しています。「祥ちゃんそんなにじっとみたら、ママ恥ずかしい」と母は言い「ママ、今日もこんなにいやらしい下着をはいてくれたんだね」と祥平は、本当に嬉しそうにしています「そうよママ、祥ちゃんがエッチな下着が大好きだから祥ちゃんのためにはいてるの、でも今日一日はいてたから、ちょっと汚れちゃって恥ずかしい」「そんなことないよ、その方がママの、いい匂いがして、すごくいいよ」と言うなり、祥平は赤いパンティの母の大事な部分が当たっている場所に鼻を摺り寄せ、くんくんと犬の様に嗅ぎ始めました。「ああママのいい匂いがする」と祥平が歓喜の声をもらし、母もまんざらでもなさそうにうっとりしています。祥平はその後数分パンティーの匂いを心行くまで嗅いだ後、今度はパンティーの布と股の際の部分を念入りに舐め始めました。直接母の大事な部分を舐めているわけではないのですが、母も相当気持ちいいのでしょう「あーん、あーん」とまだ小さいですが、とぎれとぎれに声をだしています。「祥ちゃん、ママのパンティ濡れちゃう」「だってママのパンティ美味しいんだもん。もっと舐めたい」とさらにベロベロと舐め続けます。それを10分ぐらいしたあと、母が「ねえ祥ちゃん、ママがいつもみたいにしてあげるからこっちにおいで」と母が上体を起こして祥平を抱き寄せます。「うんママ、早く早く」と祥平はソファの上に目を輝かせて仰向けになりました。「ちょっと待っててね、いい子だから」と母が言うと母は着ているブラウスのボタンを外し始めました。ブラウスを脱ぐと、パンティとおそろいの真っ赤で、カップの部分が総レースでできているセクシーなブラに包まれた大きなおっぱいが現れました。いつも仕事用で胸を締め付けているブラとは全然違います。スカートも取り去った母の下着姿は、圧巻で、外国人モデルの様なボリューム感と、熟れた女の生生しさを感じます。ここで気づいたのですが、自分も完全に勃起しており、パンツに先走り汁がでてくるのがわかりました。母親を見てここまで興奮する自分が信じられませんでした。母はもう一度祥平を膝枕します。祥平は膝枕される前にパンツ以外を残し、全て脱いでいました。「祥ちゃん今ママのおっぱいあげるからね」といいながら、ブラの左のカップを下げるようにしておっぱいを出そうとしてます。祥平は、待ちきれないのか、口をとがらせて、おっぱいに吸い付きたいと懸命にアピールしています「さあ、祥ちゃんの大好きなおっぱいですよ。いっぱい、いっぱい飲んでね」と言いながら大きなおっぱいがを露わにしていきます。その乳房は、とても大きいのですが、若いグラビアアイドルなんかとは違って子供を産んでいるので、さすがに少し垂れています。でもものすごく柔らかく触ったら乳房の中に手が入りこむのではと思える弾力をもっているように見えます。そして乳首は、父をはじめ、それ以前関係のあった男たちに吸われ舐められ、指で転がされて、さらに子供を産んで、その子供(自分ですが)に飲ませて育てただけのことはあり、女性の人差し指の先ぐらいの大きさのぷっくりとしています。本当に吸いやすそうです。

また、乳輪も大きく乳首同様少し濃いピンクになっています。その乳房と乳首は、ただ大きい若い女性とは違い、ほんとうに卑猥で、むちゃくちゃに揉みしだきたく、おもいっきり甘えたいと思わせるものでした。母が祥平の頭を抱きかかえるようにし、胸を祥平の顔へもっていった瞬間、祥平はその乳首に勢いよく吸いつきました。口の中で、もぐもぐもぐもぐとまるで赤ちゃんが母乳を飲むのと同じよう吸いついています。「そう祥ちゃん、上手になったわね、最初は強く吸ったり、歯を立てたりママちょっと痛かったのに、本当上手になったわね、可愛いわ、おーよしよし」「ママーおっぱい美味しいよ、ママのおっぱい大好きだよ」「そうよ、いっぱい飲んで大きくなりなさい。ママのオッパイは祥ちゃんのものよ。はい今度はこっちのおっぱいも飲んでね」と言って母は右側のカップも下にずらし、おっぱいを出して準備しています。その間も祥平は左の乳首を口から離しません。右のおっぱいが完全に露われた瞬間、祥平は左の乳首を離し、新たな乳首に必死に吸い付きます。「ほらほら大丈夫よママのおっぱいはどこにもいかないから、ずーっと祥ちゃんのものよ」さっきまで祥平が必死に吸っていた左の乳首はまだ祥平の唾液がいっぱいついていて、色も赤みが増し祥平に吸われる前より、間違いなく一回り大きくなっていました。母はまるで赤ちゃんが吸った後、まだ乳首に母乳がついているかのように、その吸われた乳首をブラジャーのカップの布の部分でちょんちょんときれいに拭きとります。拭き取ってしばらくすると、祥平が拭き取られた方の乳首にまた吸い付きます。その繰り返しが、その後何度も続きました。「ママー、ママー、僕おちんちんからしーしーしたくなっちゃった」と祥平が言いだしました。「まあー、祥ちゃんしーしーしたくなっちゃったの、じゃあ今ママが、しーしーさせてあげるね」といい、祥平のパンツに手を持っていきました。それまで気づきませんでしたが、祥平のパンツの中身は明らかに大きくなっていました。母が祥平のパンツを下げるとそこから、ものすごく大きな男性器が飛び出してきました。それはインターネットで見たことのある、黒人並のサイズでした。今赤ちゃんになりきってる変態男のちんちんとしては滑稽なくらいの大きさでしたが、そのアンマッチがこの状況をよりいやらしくさせていました「おーよしよし、祥ちゃんのおちんちん苦しそうだねー、ママが今楽にしてあげるからね、ほーら力抜いて、全部ママの手にあずけてごらん」「ママのお手手気持ちいいよ」「もっと気持ちよくしてあげるから、いつもみたいにどうして欲しいか言ってごらん」「ママー、もっと、ぎゅっとママの手で握って、強くしたり、弱くしたり」「わかったわよ、ママ、祥ちゃんの言うこと何でも聞いてあげる、ママ祥ちゃんの大きなおちんちん大好きだから」母は、母の手では収まり切れないほどの祥平のものを、強弱をつけて何度も繰り替えし握ったり放したりしました。その間も祥平は恍惚の表情を浮かべながら、母の乳首を吸い続けていました。「ママー、おちんちんからしっこでちゃう」祥平がそろそろ我慢の限界を訴えてきました。「祥ちゃんどうやってだす?どうしてほしい?」母が祥平に尋ねます。「ママのパンティーの中に出したい」「いいわよママも、ママのパンティーに出して欲しい」と言うと、母はパンティを脱ぎ、その脱いだパンティのちょうど大事なところが当たっていた部分を祥平の亀頭の先にあててこすり始めました。パンティーのその部分は、母の愛液で白く光っていました。「ママー、ママーもうだめー、いくよー」懇願するように祥平が泣き叫びだしました。「祥ちゃん、いっぱい、いっぱい出しなさい、いっぱい祥ちゃんの精子だして、ママのパンティを汚して」と母が言った直後、祥平の体が弓なり反り、まるでストップモーションの様に一瞬止まったかと思うと、ガク、ガク、ガクと3度腰が浮き上がりました。祥平の亀頭の先から放たれた精子は第一弾が母のパンティへドピュッと、第二弾はパンティの横からおっぱいにベチャッと、そして第三弾はあまりにも勢いが強く母の顔へビュッと飛び散りました。「ママー、ママー」と叫びながらも祥平は母の乳首を咥え続け、最後は乳首をぎゅっと噛んだのでしょう、母が一瞬ぷるっと震えたのが分かりました。それから僕はこの光景を思い出しながら現在まで、何度も「お母さん」と叫びながらオナニーをするようになってしまいました。


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2018年1月11日 | カテゴリー:友達と

僕は太田達也、小学五年生…【妹と】

僕は太田達也、小学五年生。

夏休みの間、田舎のおばさんの家に預けられる事になったんだ。



おばさんは、母さんの妹で今年30歳。

それにおばさんの家には、僕より1つ年上の女の子、美代ちゃんがいるから楽しみなんだ。

僕とおばさんと美代ちゃん、この3人で田舎の家で暮らすんだけど、僕は当日からわくわくしながら電車に乗っておばさん家に向かった。



こうやって一人で電車に乗るのは初めて。田舎まで三時間、ちょっと長いかな。でもゲームボーイもあるし退屈しないかな、多分ね。



…7月25日。

僕はお父さんとお母さんに見送られて電車に乗った。

僕の家の近くの駅から大きな駅に行って新幹線に乗って……それからまた乗り換えて田舎の小さな駅に行く。そこにおばさんが迎えにくるんだ。

この田舎の駅からおばさんの家まで車で1時間以上、朝から家を出ても昼過ぎになるんだ。

電車を何回も乗り換えて田舎の駅に……何にも無い駅前。かろうじてあった自動販売機でジュースを飲みながら待っていると、見覚えのあるRV車が駅前にやってきたんだ。




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2016年4月12日 | カテゴリー:妹と

両親の妻物語【友達と】

私の母が74歳で亡くなって四ヶ月が過ぎました。

私は現在51歳になりますが、私達親子は実年齢よりも若く見える母と

親の面倒をよく見る孝行息子として近所でも評判の仲良し親子でした。

しかし実を言うと私と母は、私が33歳、母が56歳の時から約18年間

夫婦同然に暮らしているいわゆる近親相姦の間柄なのでした。

さすがに母が病気になったここ3〜4年間は無理でしたが、

それまでは母と二人で淫らなセックスを毎週のように楽しんでおりました。

父は私が23歳の時(今から28年前)に癌で亡くなりましたが、

それよりずっと以前か母は浮気をしており そのことは当時小学生だった

私も薄々感じていたほどでしたし実際に私が19歳の時には、

母の浮気現場をこの目で目撃もしておりました。

でもその事は誰にも喋ってはいけない事だと思い私の胸の中に

しまっておりましたが、父も亡くなってその上 母とただならぬ

仲となったのを機会に母に問いただした所思いもよらない事に

母の浮気は、のサイトで言う所の妻物語だったのでした。


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2014年10月20日 | カテゴリー:友達と

マゾ母娘【友達と】

私の名前は仮にY子としておいて下さい。

今年、32歳になるオバサンです。(若い方ばかりでお恥ずかしいです)

私には一人の娘がおります。仮に名前をS子としておきます。

S子は今年11歳になったばかりの可愛らしい娘なのですが、しかし

S子の父親は誰かわかりません。

私が20歳の頃、レイプされ監禁され、短期間の間に複数の男性の精液を注がれました。

その結果、私はS子を身篭り、一時は堕ろす事も考えましたが、産まれてくる

子に罪はありません。

私はS子を産み、今まで一生懸命育ててまいりました。

学校では、母子家庭との事で苛めにあう事もあったそうですで、それだけが

可哀想でなりません。

すいません、こんな話どうでも良かったですね、懺悔の本題に入ります。

私共は親子そろって露出マゾなのです。

レイプされた原因も、私が露出していて襲われたのです。

昨年までは、S子の目を盗み露出オナニーに拭けっておりました、しかし


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2014年10月5日 | カテゴリー:友達と

歌舞伎町での青春時代⑤【友達と】

歌舞伎町での青春時代⑤



ある日のバイト前

僕は仕事前にマック腹ごしらえをしていると

知り合いに偶然会った

その人はI、年齢はなんと18才

僕が歌舞伎町で働き初めてから2ヶ月ほどした頃に

歌舞伎町のキャバクラで働き始め、知り合いの中では唯一後輩と呼べる子だった

しかし単純に歌舞伎町でだけでの先輩という事では無い

入店したときになぜか僕は歓迎会に呼ばれた

どうやらこの娘は僕と出身地が同じ

しかもよくよく話してみると高校まで同じという事が判明した

学年が3つ違いなので学校では会った事が無い

でも、懐かしい先生の事、学校の周りの懐かしい店の事

懐かしい話に花を咲かせて仲良くなった


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2014年4月5日 | カテゴリー:友達と

非通知【友達と】

誰が見ても中年と言われる歳になれば、多少の不安や悩みはあるものだと思うのです。

私も人並みには持っていますが、この程度の事なら今の時代、幸せな方なのだろうと納得させていました。

それが一本の電話で壊れてしまうのですから脆いものなのですね。

残業を終わらせて時計を見ると7時を過ぎ帰り支度を急いでいる時に、その電話はやって来たのでした。

携帯のディスプレイを見ると非通知でしたが、得意先の相手かもと思い出てしまいました。迂闊ですね。

「もしもし」

少しの沈黙の後、男の声が聞こえました。

『・・・奥さん、今日は帰りが遅くなりますよ・・・』

私よりもずっと若い声に感じます。

「はぁ?どちら様ですか?」

『・・・今日は返さないかもしれないな・・・よろしく・・・・』

意味不明な電話で、相手にしてもしょうがないと思い切って帰路につくと、そんな事も忘れてしまいました。

妙な事が当たり前に起こる時代に一々気に等していられません。

私の勤める会社は中心地から少し離れているので、自家用車での通勤が許されています。

愛車に乗り走らせていると今度は妻からの着信です。


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2014年2月2日 | カテゴリー:友達と

プールで童貞狩り【友達と】

7月の下旬にお休みを取って、真理と二人で少し離れた遊園地のプールへ行きました。

その頃は彼が長期出張で二人共、欲求不満な状態が続いていました。

それで、二人でプールでプレイしようという事になりました。

さゆりが以前に名古屋であった事を話したら、

真理が凄く興奮して「童貞狩りをしてみたい」

と言い出しました。



真理は武くんを男にした時の事を熱心に話しました。

さゆりも「童貞狩り」という淫靡な響きに酔ってしまい、

真理の誘いに乗ってしまいました。

二人ともタンクトップにホットパンツというラフな格好で行きました。

水着は真理と買いに行きました。

さゆりはハイレグのワンピースに、真理はTバックのビキニにしました。

二人で相談してバストとオマンコの裏地は外しました。




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2013年11月25日 | カテゴリー:友達と

父親の後妻…義理の母を犯し続けた【女子のオナニー】

神奈川県/たくみさん(30代)からの投稿

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私が16歳の頃、母親がガンで他界してから父親は精神的に参ってしまい、それから7年後、会社の経営も悪化し…最終的にはうつ病…日頃から接待などもあり、酒好きな父親は、ある日酔っ払って車を運転…事故を起こして亡くなりました。

スピードの出し過ぎによる自損事故です。

母親が亡くなってから2年後に父親は自分の娘と勘違いされるほど若い女性と再婚しました。

私より12歳年上(当時30歳)。

父親の話では、何店舗かある会社の経理で雇って知り合い

「面接採用の時から一目惚れした」

と、説明を受けました。

まあ、私も中学、高校で女性には興味があり、女好きなところは父親譲りだったんでしょうね。

その女性は髪の毛が肩より少し長めでスレンダーな色気のある(どこと無く男好きする身体?)でした。

朝起きると、何時も化粧をキチンとしていてスカートにストッキングを履いているような姿で、毎朝起こしに来てくれていました。

たまに寝相が悪く布団が無くて、トランクスがこれでもか!ってくらいテントを張っている時でも何も見ていないフリして満面の笑顔で起こしてくれました。

仕事が遅い親父との夫婦生活は、主に夜中と午前中…。

父親は家でSEXをしている雰囲気は全く見せませんでしたが、私は夜中に父親と2人で風呂に入り、いやらしい行為をしていたのは知っていました。


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2013年11月18日 | カテゴリー:女子のオナニー

クラブのホステス27歳【大学生】

大学のときの話。



当時住んでいたワンルームマンションにヤクザの愛人をしているらしい女が住んでた。



彼女は、27歳でクラブホステス。

キャバクラにいるようなタイプではなくて落ち着いた感じのオトナの女。



背が高く(多分167、8cm)、少し派手な顔で手足が長くてとにかくスタイルが良い人だった。



その女の部屋にパパがやってくる日は、おれの部屋から3つも離れているその部屋からとんでもなく大きい悲鳴のような喘ぎ声が聞こえてくる。



おれも若かったので、すごいセックスしてるなーと思って悶々としてた。

男が来る時間もバラバラで、夜も昼もお構いなし。



よくマンションの横の小さな公園でお母さんと子供が遊んでいたんだけど、その悲鳴が聞こえてきてお母さんが子供を連れて帰ったのを見たこともあるくらい。


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2013年11月13日 | カテゴリー:大学生

Y子【友達と】

私の名前は仮にY子としておいて下さい。

今年、32歳になるオバサンです。(若い方ばかりでお恥ずかしいです)

私には一人の娘がおります。仮に名前をS子としておきます。

S子は今年11歳になったばかりの可愛らしい娘なのですが、しかし

S子の父親は誰かわかりません。

私が20歳の頃、レイプされ監禁され、短期間の間に複数の男性の精液を注がれました。

その結果、私はS子を身篭り、一時は堕ろす事も考えましたが、産まれてくる

子に罪はありません。

私はS子を産み、今まで一生懸命育ててまいりました。

学校では、母子家庭との事で苛めにあう事もあったそうですで、それだけが

可哀想でなりません。

すいません、こんな話どうでも良かったですね、懺悔の本題に入ります。

私共は親子そろって露出マゾなのです。

レイプされた原因も、私が露出していて襲われたのです。

昨年までは、S子の目を盗み露出オナニーに拭けっておりました、しかし


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2013年10月15日 | カテゴリー:友達と
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